吉水神社の重要文化財、古美術、秘宝などの紹介

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吉野探求〜花と哀史〜
この吉水神社が有名になったのはその由緒もさることながら実は現存する書院が日本住宅建築史上最古の位置をしめているからである。
 すなわち我が国書院建築史の第一頁に位する本格式の住宅建築で現在日本住宅の源流をなす最古の実例として数々の珍しい手法が見られる初期書院造の代表的傑作である。又、内容的に見ても 「義経潜居の間」 は室町初期の改築で床棚書院の初期の様式を伝えるきわめて古風な遺構であり 「後醍醐天皇玉座」 は後年秀吉が花見に際し修理したもので豪華な桃山時代の風格を残した書院でこれら両期時代の特長が比較出来て真に興味深いものがある。
書院
書 院


義経潜居の間
義経潜居の間
後醍醐天皇玉座
後醍醐天皇玉座


弁慶思案の間
弁慶思案の間
大河ドラマ特別公開中(4月29日まで)       義経の鎧、静御前の衣装
秘宝 義経の鎧、静の着物 源義経 所用 色々威腹巻 静御前の衣装 厚板・肩身替
源義経 所用
色々威腹巻
静御前の衣装   厚板・肩身替
唐花に「ぶどう」模様
これは表着で左右別々の柄が特徴である
その他の重要文化財
後醍醐天皇宸翰 祈の文



後醍醐天皇宸翰 祈の文
御消息紙本墨書
※普段は展示しておりません。
☆吉野歴史の殿堂、古美術の宝庫
 歴史的に見ても吉野歴史の大半が集約せられ吉野歴史の中心地として萬朶の花と共に懐旧の情切なるものがあり古来より吉野における幾多の兵火を免れた当社は真に吉野文化を物語る殿堂である。
 従って所蔵の文化財が頗る多く百二十数点にのぼり吉野随一の宝物を展覧している。しかも内容的に珍宝名宝並びに日本史における重要な根本資料等特に南朝の資料に関しては全国一多く一般に重要文化財の宝庫といわれている。
豊臣秀吉公花見の陣に関する文化財
豊臣秀吉公「花見の図」 この吉水神社が 『花見の本陣』となり、秀吉公やねねさんが宿泊され、境内の庭では花見の宴として 『お茶会』 『お能の会』 『歌会』 等が行われました。豊臣秀次はもとより、豊臣家臣団として、その名も高い徳川家康・伊達政宗・加藤清正・前田利家・宇喜田秀家等が勢揃いしました。吉水書院にお泊まりになられることで、狩野派の有名な絵師が吉水で襖絵や障壁画に腕をふるい、建具なども取り替えられ大層な騒ぎであったろうと思います。
狩野山雪作「群鶴」 「群鶴」 狩野山雪作「鷹」 「鷹」
狩野 山雪作
襖絵 『群鶴』
桃山時代後期
『群鶴』
アップ写真
狩野 山雪作
襖絵 『鷹』
桃山時代後期
『鷹』
アップ写真
狩野山雪作「竹の図」 狩野山雪作「竹の図」説明 狩野永徳作「桜の図」 狩野永徳作「桜の図」説明
狩野山雪筆
『竹の図』
桃山時代後期
『竹の図』の説明 狩野永徳筆
『桜の図』
桃山時代前期
『桜の図』の説明
豊臣秀吉公花見の陣に関する文化財
水戸光圀公直筆の書 水戸光圀公(水戸黄門様)直筆の書
水戸黄門の家来「助さん」の書状 水戸黄門の家来「助さん」こと「佐々助三郎宗清」の書状
身と光圀公(水戸黄門様)は日本の歴史を書くにあたって南北朝の歴史を調べるために「佐々助三郎(助さん)」を吉水神社に使わせたとされていたが、この書状で吉水神社訪問が明確になった。
一休和尚の水墨書 テレビアニメで有名な一休さんこと一休和尚の水墨
蝉丸が所持していた琵琶
百人一首で有名な蝉丸が所持していた琵琶
能面 「能面」
能面「若い男」 能面「若い男」
桧垣本七郎作(ひがいもとしちろう)
室町・明応2年(1493)
貴公子的な表現の中に強さを表した面である。
能面「若い女」 能面「若い女」
桧垣本七郎作(ひがいもとしちろう)
室町・明応2年(1493)
15世紀末の制作であるが、高眉を描くことや瞳を四角に穿つこと、口角の刳り方の工夫などには、すでに近世の女面に通有する工夫の萌芽がみられる。